2012年11月23日 (金)

立派なものデス<紅葉ニッポン>

Photo_3

紅葉真っ盛りの信州へ行って来た。
赤、橙、黄色の自然の雄大なグラデーションに
全く目を奪われて仕方のないこと!
普段は一日PCを凝視する可哀想な私の目が
まるで進んで癒やされ、喜んでいるようでしたわヨ。

澄んだ冷たい空気に映えた鮮明な色は
あまりにキレイでパクっと食べたくなってしまうほど。
もし口に入れたら
甘酸っぱいベリー系の味がするんじゃなかろうかとか、
パリの有名パティスリーで口に出来るような
味がするんじゃなかろうかとか、
どうしても美味しい妄想を起こしてしまうんだな、私の場合。

Img_4255

我が家の目の前にある並木道も今は随分と色づいている。
毎年それを眺めて、わざわざ観光地へ行かずとも
これで十分だなぁなんて思っていたけれど、やっぱり違うんだなあ。

20121117_14_10_511

あれから一週間、今はこの紅葉たちも落ちて
これからは南下して京都辺りが見頃なんじゃないだろうか。
などと思うと、追いかけてみたくもなってくる。

本当に良いところが沢山あるニッポン。
どうかこれ以上汚れてくれませんようにと祈るばかりです。

----------------------------------------------------------

Anatanotewo_banner

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月 8日 (土)

ぼくのなつやすみ

Bokunonatsuyasumi_snapseed

犬逹と共に群馬県のみなかみ町へ行って来た。
積雪の季節ばかり訪れていたこの町、
夏に訪れるのは個人的に二回目。
でもプライベートで犬を連れて来たのは初めて。

灼熱の国と覚悟して行ったが、
空気はからっと爽やか、水も冷たい。

イイ感じに寂れたこの温泉街も、
夏はさすがに人出が冬とは違う。
宿に着く前に立ち寄った地元スーパーも、
キャンパーや、都会から涼と自然を求めて来た人達で一杯。
もうすっかり馴染みとなったいつもの宿も
人、犬、猫の宿泊客で満杯である。

蝉時雨と深緑の中、
ちょっと川遊びして、
散歩しながら遠くの山々を眺め
夜は温泉につかり、地ビールを堪能して
都会にはない満天の夜空を見上げる。
ああ、こんなゆったりした田舎の夏休みが理想だったのよね。

『ぼくのなつやすみ』というプレステのゲームがあった。
いわゆるローリングゲームで、
主人公の男の子が田舎にある親戚の家で夏のひと月を過ごし、
昆虫採集や魚釣りなど、
都会では出来ない経験をしていくという内容。
そのタイトルと内容を聞いて、
まさに私にとっての夏休みのイメージそのものだと思っていた。

都心から車で来られるプチリゾート地。
そっか、水上に夏も来ればいいんだ。灯台もと暗し。

そして今回見た最も美しいものは、
水上に入る前に寄った玉原の田舎道にあった。
風に揺らぐ緑の水田が陽に反射して輝き、
その上を赤とんぼの大群が、光を受けながら飛んでいた。
それはまさに夏の終わりの光景だった。
家に戻っても、あの風景が頭からしばらく離れなかった。

ところでそのゲーム、
自然の豊かな田舎をリアルに再現した背景画面が
とても話題になったのだが、もともと水上近くの
「月夜野町」(現在はみなかみ町に合併)がモデルらしい。
はぁ〜、やっぱり繋がってるのね。
と、一人自己満足している自分デシタ。

+++ オマケ +++
       水の中へドブン!でもカイゼルは泳ぎの達犬。カワウソみたいデス。  

    Dobun_snapseed 
     泳ぎの上手いトコ見せるぜ!と果敢に水中へ
     「投げ出される」カイ犬。 

    Bukubuku_snapseed
     さーさー、どうする?ホントに泳げんのか?

   Kawauso_snapseed
     オレを誰だと思ってる?カワウソ、じゃない、カイゼルだぜ。
     犬が泳げんの当たり前だろ。ってかつきあえねぇ〜(汗)
     と、いう感じでしょうか。

----------------------------------------------------------

Anatanotewo_banner

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年6月23日 (土)

海へ

20120618005446

「良かったね、やっと海に来られて」
後ろから弟が声を掛ける。その言葉は、
海風に放たれた白粒を追うように
共に風に乗り碧の中へと運ばれて行った。
そうか、海に来たいと言ってたか。
そうだったかも知れない。
とにかく母は故郷の鹿児島へ行きたいと生前よく言っていた。
鹿児島の海はきれいだ、魚が新鮮だと、懐かしげに。

まだ祖母が健在だった鹿児島の実家へ、母が帰ったのは
もう20年以上前だったと思う。
当時飼っていた犬2匹も飛行機に乗せて一人と二匹で行ったのだ。
それからまた、行こうと思えば行けたのに、
なかなか帰れずにいさせてしまい、
結局それが最後になったという事だけが、
私に残った母に対する後悔。ごめんね。

今年4月、私達は真っ白なパウダーになった彼女を
鹿児島の海に連れて行った。
そして、我が家で飼って来たわんにゃん逹も共に粉骨して
ママと一緒に放ってあげた。
全く意識していなかったのだが、その日はママの誕生日。
とはいえ、彼女には二つの誕生日説があり、
この日と私達が信じ続けて来た日が
実は祖父母の届け出が遅れて別の日だと、
晩年近くになって主張する母に途方にくれた私逹家族。
まあ、そんな事はどうだっていいのだ。
ただ様々な役所関係の手続きが大変で
私は彼女の不思議ちゃんに翻弄されたのだけれども。

この浜辺と海は、私自身、幼少の頃に母や祖父母、親戚たちと
遊んだ場所で、今でもその時の写真が沢山残っている。
みんな、若い。祖父母も、叔父、叔母、そして母やいとこ達。
私はまだ2歳に満たず、私の姪っ子より若い。
小さなボートに乗り込んでいる者、
ボートにつかまって海から顔を出して笑っている者。
もういない人、健在の人。
モノクロの写真を今見ると、
4月に見たあの海の色がオーバーラップして写る。
そして真っ白になった母を見送りながら
あの写真から聞こえてくる陽気な声逹が
風の中に聞こえていたような気が、今した。

オマケの写真

Img_4167

しんみりとミッションコンプリート中の我らを横に
犬逹はだだっ広い浜辺でハイテンションで駆け回ってました。
ハイ、我々も彼らを連れて行ったのです。鹿児島へ。


---------------------------------------------------------

Banner468x60_a_2

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年9月25日 (日)

ありがとう

P1110102_3

母の手は主の愛をもて 母の手は主の力あり、
母の手は主を指し示し   幼き我に教えませり
        (旧新生賛美歌 243 『母の背に』より)

2011. 9. 20
------------------------------------------ 

Banner468x60_a_2

 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2011年1月16日 (日)

忙裏の誕生日

Photo_3

その日は母の事で主治医から呼び出され
仕事のあと、とにかく、ひたすら病院へ重い足を早めていた。
途中、医者からこう言われたらああ言われたらと、
心の中でぐるぐると堂々巡りしながら。

病室には先に弟が到着していて私を待っていた。
ほどなく主治医がホスピタルカーテンから顔をのぞかせ
私たちをカンファレンスルームへと促した。
その後約一時間後にそこを出て、
母のベッドへ戻り、やがて病室の消灯時間になり
私たちは病院を出てそれぞれの帰途についた。

こんな事はもう今までに何度もあった。
時には父と私で、または父、弟、私の三人。あるいは私ひとりで。
慣れというより、何を言われても覚悟する事に慣れた。
でもいつも、その事以外はすっかり忘れてしまう。
前日まで覚えていた自分の誕生日さえ。

思い出したのは、その封筒を開けた時だった。
ポストから取り出して差出人名を見て母宛と思った。
読み慣れた字、昔からいつも母に優しい手紙やカードやファクスを下さる人。
しかしそれは私のバースデーカードで、
驚いたのは、私が今最もよく口ずさんでいる歌の歌詞が書かれていた。
新生讃美歌73番。

気の晴れぬ事が多いこの日々に、
自転車を漕ぐ時、車を運転しながら、電車の中、台所に立っている時、
この歌を自分に言い聞かせるように歌って来た。
「私のお気に入りの賛美歌、
口ずさんでから休んで下さると嬉しいです」
と書いてあった。

善き力に囲まれなければ、ここまで来れただろうか。
そして、これからもそうなのだ。
いつか、その時に、心からこの曲を証しとして賛美する。
きっとそうしようと思う。

----------------------------------------------

Banner468x60_a_2


| | コメント (10) | トラックバック (0)

2010年8月29日 (日)

喜びの糧

9FBA9F2F-A949-467E-8D45-092AD6B5F264

今日、教会で前記事を読んで下さった方から
母に「良かったね〜、美味しいものを食べに行ったんでしょ?私も嬉しかったわ!」
と、おっしゃって頂いた。
母はニコニコ笑ってエヘヘと頷いた。
そりゃあなたは大変でしょうけれど、
ママはさぞ楽しかったでしょう。
と、労って下さる。
本当にありがとうございます、Tさん。

写真は、
母の賛美歌に綴じたフォークの栞。
見ると、聖餐式に歌う賛美歌のページに。
「主の糧 共に食し 杯 共に受けて
わが心きよめられ 深き罪贖わる」
たまたまフォークなのは、
食いしん坊な母のユーモア?

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

D201F1BF-DDFB-4EF5-A2D6-8EC23E6B7ABF
ライフボート ジャパン

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年8月21日 (土)

ひとの思い出

D5A83DA8-82A2-497A-9E80-282A129CC8A4

久し振りに母と二人で、
あるレストランへでかけた。
母が制限食生活になってから
ずっと疎遠になっていた場所。

この店を見つけたのは5年程前、
たまさか母と車で前を通り、
好奇心で入ったのがきっかけだった。
注文するもの全てが美味しくて
店の雰囲気も人も気に入ってしまった。
以来、馴染みになるほど二人でよく通った、
食いしん坊親子が見つけた
とっておきの場所であった。

入院中も度々、早く退院して
またこの店へ行きたいと言っていた母。
夢にまで見たという。
しかし哀れにも、退院後は
私が作る味気ない制限食に我慢する日々。
たまには美味しいものを食べさせたい。
ここのところの調子の良さも手伝って、
とても危ない冒険ではあったが、
思い切って出かけてみたのだった。

久し振りに入った店内は、
落ち着いて静かな雰囲気が変わらず。
予約なしに久々に現れたものだから、
店の人達も驚くやら喜んでくれるやら。
内心はすっかり弱々しくなった
母の姿にも驚いたに違いない。
そんな想いは微塵も見せず、
よく来ていた頃と変らぬ温かい
ホスピタリティで楽しませてくれる。

丁寧に運ばれて来る料理を
母は一口、口に運ぶ度に
「美味しい、幸せ」を連発する。
迷いながらも来てよかったと、
その時思った。
お店の人達も母が病弱と知っていたので、
暫く顔を見せなかった間に
心配して下さったらしい。
母が食事を楽しむのを一緒に喜んでくれた。
帰る時には、シェフやお店の方全員が、
「どうかお元気で」
と車を出すまで見送ってくれた。
「夢みたい。長生きしなくちゃ」
と母は言った。

さて、その二日後。
母は久々の脳症を起した。
たんぱく質摂取を過ぎると、
消化力がない為に毒素が排出されず、
脳に回り意識障害が起きるのだ。
すぐに訪問看護師さんを呼び、
脳症改善薬を点滴してもらったので
重くならずにすんだ。
原因は二日前に行ったイタリアンで、
いつもより蛋白質を多くとったからだと
私は後悔して看護師さんに言った。
「原因は検査しなければ分からない。
それが原因だったとしても、
もう身体に入ってしまった事。
楽しめたのだから、
それはそれで良しとしていいのよ。
生きて楽しむ事は大事な事だから。」
と、慰めてくれた。

決してその場繕いの慰めではなく、
いくつもの病を命の闘いを
目の当たりにして来た優しい言葉。
どれだけ救われたことだろう。
そして、
「次はもう少し注意して少なめにすれば」
と付け加えてくれた。
やはりダメだった、無理なんだという、
絶望めいた想いに一気に光が差し込んでくる。
正直、退院したからといって、
もう母をあのレストランのような場所に
連れて行く事はないだろうと思っていた。
だから二日前の出来事は
母以上に、私の方が夢心地であった。

個人的には、病を負う母に対し
ネガティブな考えばかりがつきまとうが、
それをひとの優しさがフォローしてくれる。
きっと、それらすべては
ずっとあとになってから
ひとつひとつ珠玉のような思い出となって
私の心に残るのだろうと思う。
ひとの想い出として。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年6月22日 (火)

天国への階段

Kaidan

一時期、かかりつけを地元の病院に変えた母だったが
少々遠くても、長きに渡ってお世話になった先生が一番!
という事で、先月に都内某医大に出戻り。
この病院には母のおかげで長年通い、
私自身も形成外科で入院してお世話になった事があり、
自分の人生の中では、すっかり馴染みの場所となってしまった。

この病院の近くに私の昔からのお気に入りの場所がある。
徳川家康が江戸の防火を祈して建てた神社。
鳥居をくぐると急勾配で86段の石段が頂上まで一気に続く。
初めてここを訪れた時は子供の頃で、父に連れて来られた。
「昔、乗馬の達人のお侍さんが馬に乗ってこの階段を上ったんだって」
父が話す伝説を聞きながら
この高い高い階段を、どこか崇高な想いで見上げた記憶がある。
途中から木々の緑が被って頂上が見えないこの階段は、
天まで続いてるんじゃないだろうか、と。

この高い石段の頂上にある境内は
都内23区で最も高い標高26mの山のてっぺん。
途中振り返る勇気もなく息を切らせて、
やっと石段を上がりきった所に現れるのがまた別世界。 
高層ビルに囲まれながらも、
木々が鬱そうと茂り昼間でもひんやり涼しげ。
湧き水たたえた池が拡がり、無数の鯉が優雅に泳ぐ。
そしてここへ来ると必ず数匹の猫に会う。
社殿と社務所を繋ぐプライベートな中庭が別にあり、
生け垣で仕切られ一般は立ち入れないその向こうで
猫達は木に登り、池の縁を駆け回り、
ゆうゆうと自由で楽しそうに暮らしている。
そんな風景を眺めていると
ここは都内である事を忘れるどころか、
きっと天国はこんな所かと、ふと思うほどに癒やされてくる。
その昔はここから江戸の街並みを一望でき晴海の海をも見渡せたそうな。
勝海舟がここで江戸の町を西郷隆盛に眺めさせて
戦火を及ばせるのを思いとどまらせ江戸城無血開城に至ったとか、
桜田門外の変で井伊直弼を討った水戸浪士達は襲撃前にここに集結したとか、
歴史好きの心くすぐるエピソードを持つ場所でもある。

母が5月の入院中、散歩日和の日に許可をもらって
この神社へ母を車椅子で連れ出して散歩した。
神社の隣にはNHK博物館(最初のNHK局だった場所)があり
このふもとに設置されたエレベーターで上がって行った。
休日の晴れた穏やかな午後、参拝客が多かった。
母が境内で一番最初に目を留めたのが、やはり猫達。
「あなたたち、いいわねぇ。平和な場所で」と声をかける母。
やっぱりあの階段は天国に続く階段かもしれない。

高視聴率をマークしたドラマ「JIN−仁」。
そのエンディングにこの神社の石段が出てきます。
ドラマの中で度々、南方仁が橘咲や坂本龍馬と江戸の町を眺めていた場所は
ここだったのかも知れません。

※クリスチャンだが神社仏閣が好きなアタクシである。(拝みはしませんゼ)
 史跡、伝説、民話には興味が尽きぬ…。あと恐竜も。
 さいたま市付近の妖怪伝説ツアーを企て中。実施の際はおつきあいを。
 いつ出来るのさ、アタクシ。
--------------------------------------------------------

Banner468x60_a

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年3月 7日 (日)

悩めるシェフがもらうチカラ

早くも、今年に入って二度目の入院をした母。
長い間お世話になった都内の某大学病院に別れを告げ、
地元の病院に移るコトに決心。
今度の病院は家から車で5分。
自転車でも裏道使ってやはり5分。近い!
でも本人は、病院変われば勝手も違ってフラストレーション気味。
先日無事退院して来たのだが、
訪問看護師さんに「今度の病院はどうでした?」と聞かれ、
「食事がマズイ!」が第一の感想。
確かに外見からしてあまり美味しそうではなかった。
と、いうよりあれが普通なのかも知れない。
前回までの某医大病院は私も入院経験があるのだが、
本当に食事は美味しくて感心したものだ。
母を見舞いに行ってちょくちょく母の食事をつまんだコトもある。
薄味ながらも暖かく良い味わいで、
病院食なのに献立は全て食べ応えがあった。
母が延々と看護師さんに病院食たるものについて持論を唱えている間、
そんなコトをぼんやりと想い出していた。

今の母には、たんぱく質と塩分の摂取制限があり
私は家で彼女の専属シェフとなって早一年近く経つ。
そんな私の本棚には、
低たんぱく&減塩食関係のレシピ本や書籍がすっかり増えた。
元気な頃はグルメで料理上手だった
母の味覚と胃袋を満足させる為にはどうしたらいいか、
相も変わらず暗中模索で失敗も多い日々。
料理は好きだが、食品成分表とにらめっこしながら
難しく考えすぎてイヤになってしまうコトもしばしば。
「美味しい」と言ってくれるのは嬉しい。
でも、その塩のひと振りが命取りになったら?
その50gの肉が彼女の体調を壊してしまったら?
でもこの量では、この薄味では可哀相。でも…と、
あの医大病院のレシピを貰えないだろうかと思ったり、
それどころかプレッシャーに追い込まれて逃げたくなる時もある。
そんな時、
母がよく作ってくれたお弁当をわざと想い出してみる。
蓋を開ける時にワクワクした想いがこみ上げてくる瞬間と、
食べた後の満足感。
母のお弁当はいつもエンターテイメントだった。
地味でも絶対に「美味しそう!」と言われるような、
食べる人が喜ぶために作られたお弁当である。
私が幼稚園の頃からつい数年前まで食べていたお弁当。
「死ぬ前に、最後に食べたいものは?」と聞かれたら
迷わず、母の作ったお弁当と答える。
想いをこめて作れば、その人の為にならないコトはない。
そう言い聞かせてキッチンに立つ毎日である。

Kahoandme 
写真は姪っ子&ワタクシ。
マゴマゴならぬ、
オバオバしてるワタクシが見てみたいと、ある友人に言われたので。
太っ腹な叔母さん、写真大公開であるぞよ。(小っちゃいケド。)

----------------------------------------------------------------------

Banner468x60_a


| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年12月25日 (金)

noel

Img_3452_1

不定期にかかってくる楽しみな電話。
それは、いつもふいに、いつも別の場所からかかってくる。
「もしもーし、moo?どげん?元気でやっとる?」
と、出だしの言葉はいつも同じだが。
とある旧友が、出張先のあちこちからかけてよこす電話。
ホロ酔い加減で陽気、そしてあれやこれやと一方的なお喋り。
旨い地酒と肴を傍らに、携帯を耳にあてて笑う
彼女の姿を思い浮かべながら、私もやんやと話し返す。
なかなか会う事が出来ないけれど、私を覚えてこうして電話をくれる。

思えば、私はいつも誰かに支えられてきた。
人生で一番辛いと思った、あの大怪我とリハビリの日々も
彼女たちが代わる代わる私を見舞ってくれ、
必要なものを送ってくれたり励ましてくれた。
ついに彼女たちと同じ仕事への復帰が叶わなくなった時からもう20年以上。
今でもこうして何かと心に留めて近況をお互いに知らせ合う。

今年を振り返ると、自分はなんと多くの方の
祈りと励ましに支えられて歩いてきた事かと改めて思う。
それらがなければ、私は、気の晴れぬ事の多かった
この年を乗り切る事が出来なかった。
ひたすら、この幸運に感謝するのみである。
これからもそれが必要であり、もっと必要になるかも知れないけれど。

写真のケーキ、キレイに撮れたとは思うんだけど
店の名前が前面に写ってるのがマヌーだな。
はじめてろうそくの灯を点しちゃったりしてみました。
クリスマス、おめでとう。

 ◆おまけBGM ー Les Choristes Caresse sur l'océan (au palais des Congres)

孤児院を舞台にした素朴だが心を温められるストーリーのフランス映画「コーラス」。子供達の美しい天使のような歌声も話題になり合唱団のサントラがヒット。実際にコンサートも行われた。問題児だが天才的な美声の持ち主を演じたジャン=バティスト・モニエって本当に歌える天才児だったのね…。

これもイイです。↓

The Lord Bless You And Keep You

-------------------------------------------------------

Banner468x60_a

| | コメント (12) | トラックバック (0)